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ドラえもん好きの著名人や、ドラえもんに関わっているあの人、
この人を紹介していくインタビューチャンネル。
第1回めを記念して今回は、ドラえもんの生みの親
藤子・F・不二雄先生の89年の講演を抜粋し、ご紹介します。
えっ、先生って「のび太」だったの?
『ドラえもん』がヒットした秘密は「のび太」にあった?
 
 長い間、漫画家生活を続けてきましたが、幸いこの『ドラえもん』というマンガは、その中でもヒット作品となりました。このヒットした原因というのは、実はこれは誰にもよくわからないんですけども、のび太君の"ダメ人間"ぶりにあるんじゃないでしょうか。
 たいていの人たちは、自分の中に多かれ少なかれ"野比のび太"をかかえこんでいるのではないでしょうか。そういう中のダメな自分、"10%のび太"である、20%、30%…、ちょっと気の毒な人になると"70%のび太"という人もいるかもしれない。読者のそれぞれ"のび太的部分"が、『ドラえもん』のマンガを読むときに、ひそかな共感を寄んでいるのではないかと、ぼくはそういうふうに考えております。

   マンガの主人公は大ざっぱに分けまして二つのタイプがあります。一つは『ヒーロー型』で、もう一つが『アンチヒーロー型』。のび太は、そのアンチヒーロー型の一つの典型なんです。なぜ、そういう人物をあえて連載マンガの主人公、いや、副主人公にもってきたか。
 その理由には、まずひとつは、「のび太君がマイナス要素をたくさん持っているほど、それを救いに来たドラえもんがかっこよく光って見える」という、マンガの技術上の問題があります。それから、ぼくにとって描きやすい人物は、どちらかといえばヒーロー型よりアンチヒーロー型、"ダメ人間"と呼ばれている人たちなんですね。
 なぜかっていうと、ぼく自身が"野比のび太"だからなんです。
 彼はいわばぼくの分身のようなもので、毎号毎号自分を少しづつ溶かしこみながらのび太君を描いているわけです。だから、自分の分身に対しては強引に感情移入して描ける。描きながらもう、他人事とは思えない(笑)。
 

 

 いま「ぼく自身がのび太である」と言いましたが、これはその、口先ばかりの謙遜(けんそん)というふうに受け取られちゃあ困るんです。本当にのび太です! 別にいばって言うことじゃないんですけど……(笑)。これはひとつ信じていただかないと、この話の大前提がくずれてしまうので。ま、どのように"のび太"であったかを、ちょっと申し上げてみたいと思います。


 まず、ぼくはかなり物心ついた段階から劣等感の固まりでありました。幼稚園なんかでも、お弁当を食べるといつまでもモグモグ口を動かして最後に残っちゃうようなぼくであり、みんなでかけっこをするとビリケツになるのがぼくであり、とび箱1回も飛べず、懸垂(けんすい)はついに1回も上がれず……、そうして卒業して、現在にいたっております。だから団体競技というのが大きらいなんです。
 他の人たちに迷惑かけちゃ悪いってことを、つい考えちゃうんですね。ほとんどの子どもたちっていうのは、運動会大好きですね。「その日は晴れてくれ」と願って、てるてる坊主を飾ったりする。そんな中で「雨ふれ雨ふれ!」なんてひそかに思ってたのがぼくなんです。


 そして、学校の成績。いくらなんでも、のび太ほどじゃなかったです。でも、まあ、いばれるほどの成績でもなかったですが。小学校のころはそれでもそこそこやってたんですけど、中学、高校と進むにしたがってだんだんと下降の一途をたどりました。で、高校出るころにはもうビリから数えた方が早いというところまで落ち込んじゃってて。「野比のび太に明日はないのか?」―そういう状況だったんですけど、そういうときの唯一の救いがマンガだったんです。(つづく)





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